私たちについて
縁起

創立者である廖修智氏は台湾でお茶を作る茶農家。お茶好きの彼は、1994年から合歡山の翠峰にてお茶を作り始めた。それから、彼は親戚の紹介で著名な茶人──台湾木柵の張文輝氏に師事して、鐵觀音の作り方を習得した。そのために、彼は鐵觀音と凍頂烏龍茶のような厚みがある味わいが好きで、鐵觀音と高山茶両方の良いとこ取りたくて、作った高山茶は他のものよりも発酵度が高く、香りを重視する他の高山茶とは異なり、金色の水色が特徴です。それゆえに、彼は「紅水廖」という二つ名を手に入れた。そして、彼は台湾の茶業界の専門家である林金池氏を支援して、1996年で白茶に関する専門研究論文《萎凋溫度與濕度對白茶品質之影響》を完成させました。
翠峰の他にも、彼はさらに仁愛郷の標高700メートルくらいの自家のそばにて茶畑を開墾した。そこの標高は凍頂山とほぼ同じだから、彼は四季春という茶の木を植えて、色々研究して、ここで発酵度が高い烏龍茶を生産したかったです。結果として、彼は鉄観音茶の生産に成功した。しかし、ここの茶畑は921大地震によってなくなってしまった。それでも、彼のチャレンジ精神は決してなくならないのです。
その後、彼は霧社の高峰にて新しい茶畑を開墾しましたが、健康問題により、すぐに引退することになりました。引退した彼は後輩たちの指導に注力する。後輩たちの活躍は彼にとっての最大の楽しみです。
そして、彼にはもう一つの趣味があります。それは老茶を飲むことです。彼が張文輝氏に師事するとき、張先生は、いいお茶は時間が経つにつれて、より美味しくになります。そして、お茶のクオリティが良ければ、いつか老茶になりますと言いました。彼はその言葉とあの時飲んだ老茶の味を肝に銘じて、一生懸命にお茶を作って、一番いいものを殘して、いつか老茶になりますようにと願いました。引退したあと、自分で作った老茶を毎日味わうことで、彼はいつもニコニコしてる。
2018年、彼は病気で亡くなりました。彼の息子たちは父親の理念を受け継ぐ、彼が作った烏龍老茶をもっと多くの人に味わってもらいたいです。その特別な味は、長い時間をかけて熟成された味わい、そして彼の生きた証です。
世の中全てのお茶好きに、こんな烏龍老茶を、捧げます。